おすすめ本 -書評-

  • 15.06.29
    インパラの朝
    中村安希

  • この本は第七回開高健ノンフィクション賞受賞作なのですが、
    帯に選考委員の言葉がついていて、
    その中の一つに、こんな言葉が載っていました。
    『独特の傲慢な切れ味〜』
    お?傲慢?
    写真を見ると著者は女性。
    女性で傲慢な文章を書く人なんて、珍しい!読んでみたい!
    と俄然興味を持って読んでみたところ…
    傲慢なんてとんでもない。
    すばらしい書き手に出会いました。
      
    本の内容は、著者である中村安希氏が26歳の春に47カ国、
    2年間の旅に出た際の記録です。
    もちろん著者自身が考え、感じ、
    体験した事が元で書かれている本なのですが、
    著者自身の主義主張が不思議なくらいの透明感で書かれています。
    とはいえ、同世代の女性がおしゃれをして街を歩いている歳に、
    たった45リッットルのバックパック1つで旅に出る人ですから、
    腹の底には信念にも似た強い思いがあります。
    でもそれを著者は声高には叫びません。
    ただただあるがままを書いた、という感じで旅が進みます。
    ですので内容も主観をできるだけのぞいた旅行記、と言えばいいでしょうか。
    とはいえもちろん実体験ですので
    主観がないわけがないのですが、不思議なくらいに
    著者の考えが押さえられている、と感じさせる静かな文章です。
    しかしそれは繊細とはまた違う、細く美しい針金のような、
    言い訳をいっさいしない潔い語り口の文章です。
       
    その潔さが顕著に表れているのが、著者の姉と会うネパールの場面、
    そして旅の終着地ポルトガルの場面です。
    自身の姉に会う、旅のゴール、どちらも話の山場になります。
    普通の書き手なら、色んな角度で状況を説明し、自身の心情を吐露し、
    何ページも枚数を重ねるところです。
    しかし、中村氏はこれをしない。
    読み手が「え?」と思うほどにあっさりと話が終わります。
    どうして、もったいない!と私は読みながら思ったのですが、
    最後になんとなく理由が分かりました。
    もちろん私の想像ですが、最後まで読んだ人は同じ事を考えるのではないでしょうか。
    ああそうか、この人はこの本でこういう事を伝えたかったのか、と。
     
    まさにインパラの朝、というタイトルがふさわしい、
    本当にすがすがしい魅力の本でした。



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