もじりすた
3度のめしより本が好き
読み散らかした中から、おすすめ本を紹介します。
暗闇の中で、たった一つの白熱球の明かりの下に
ある一つの家族が集まっている。
その足下に落ちる影を、言葉に紡いだような小説です。
登場人物の全員が、自身の中にほの暗い何かを持っています。
革命に身を投じるウダヤン、その妻となるガウリ、
アメリカに渡るスバシュ、そして娘となり成長するベラ。
家族とはいえ、皆それぞれに事情や思いを抱え、
団結や理解とは無縁のままそれぞれが歩き出します。
そんな人物達は、常に前に進もうとしているのですが、
それはきらびやかで明るい未来とは無縁の、
むしろ過去を振り返り咀嚼して消化するための前進でしかないのです。
登場人物は、性別も生い立ちも考え方も違いますが、
自分の居場所を探すという意味では共通しています。
とはいえ、それは安易な自分探しという意味ではありません。
人は皆、なにかを手にする為に生きている節がありますが、
その『なにか』を意識せずとも背中を押されてしまう人が
さまよう様を描いているような気がします。
さまよい歩く。
その共通点が物語に非常に強い統一感をかもしだしています。
ラヒリ特有の繊細でやわらかな描写で、鉛筆画のスケッチのような
光景が映し出され、その鉛筆の線の間に、
悲しみや迷い、ささやかな幸せがちらりちらりと姿を現す様は
どれだけ読んでも飽きる事のない美しさです。
そしてまるで脚の長さがそろっていないイスに座っているように、
登場人物達はたえず心のどこかが揺れています。
座っている本人は、どこが足りないのかそれとも長いのか、
身をかがめて探し当てようとしているのですが、
探しているのは『なにか』ですから、そう簡単に見つかるわけがないのです。
とてもいい本です。本当におすすめです。
追記:
翻訳者が男性だと知って驚きました。
さらにさらに、この訳者あとがきがラヒリの解説として秀逸です。
この「低地」を読んで、これまでのラヒリの小説と違っているなあと
思ってはいたのですが、
そのもやもやをすっきりさせてくれたのがこのあとがきです。
調べてみるとこの翻訳者、小川高義氏は翻訳家でもあり
大学教授でもある人です。
なるほど、だからただのあとがきとは一線を画していたのか。納得。