おすすめ本 -書評-

  • 15.01.25
    熊にみえて熊じゃない
    いしいしんじ

  • いしいしんじ氏の小説は、何年も前からずーっと読みたくて、
    何度も手に取っていたのですが、なぜか読むたびに
    自分の中でその小説を受け取る準備ができていないのを
    はっきりと感じて「まだだめだ……」とため息まじりにあきらめていました。
    私にとっては本も味覚と似たようなもので、
    こっちに受け取る準備ができていないと、ただ食べただけー、
    味はよく分かんないやー、となってしまうのです。
    でもそれじゃあもったいない。
     
    だからまだ読まないで、自分の「読みごろ」を待っているわけですが、
    じゃあエッセイならどうだと今回手にしたら……読めた!
    それもただ読めただけではなくて、
    えーっ、もう続きはないのー?と言いたくなるほどのはまりっぷり。
    さらに文字と現実とその奥底にあるぐんにゃりした何かを体験するという、
    本当に濃い時間を過ごしました。
     
    エッセイですのでもちろんストーリーはありません。
    あえていうなら三崎と松本と京都に住んだ話、と言えばいいでしょうか。
    いしいしんじ氏が日々生活して起こった事や考えた事が書いてあります。
    しかし。
    この人の書いたものをこうして誰かが説明しようとするのは、
    はっきりいって愚の骨頂のような気がしてなりません。
    それはある美しいメロディを、
    漢字一文字で説明するような野暮と言えばいいでしょうか。
    散漫で、饒舌で、そのくせ満ち足りている各々のエッセイの奥底には
    通奏低音のような何かが流れていて、
    それがときおり泡のように浮かんではぷつりとはじけて
    読んでいるこちらをはっとさせてくれる文。
    エッセイ、なんていうカテゴリに押し込めるのが
    果たしていいのだろうか、と思わせるような話のオンパレードです。
     
    いや、エッセイはエッセイなんですよ。
    でも…なんか今まで読んだエッセイとは全然違うのです。
    たぶんそれはいしい氏の生活や文章に対する距離感が
    エッセイだろうが小説だろうがことさら区別していない
    フラットな書き方から生まれた文章だから、だと思います。
    なーんてことを本を閉じた後に勝手に考えてしまうほど、
    この本は新たな驚きに満ち満ちていました。
     
    エッセイ一つで、こんなに作者について、
    文章について考えたのは、たぶん初めてのことだと思います。
    いしい氏、深い。でも軽やか。
    なんなんだ、本当に。



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