もじりすた
3度のめしより本が好き
読み散らかした中から、おすすめ本を紹介します。
翻訳はあくまで原文に忠実であることが大事。
しかしまれに原文の良さをあますことなく伝えておきながら、
翻訳という作業でさらにプラスαの魅力を追加できる翻訳者も存在します。
そんな翻訳者、池央耿氏のエッセイです。
池氏の文章と出会った時の事は忘れもしません、
スティーブン・キング「小説作法」の中でした。
「小説作法」はホラーの帝王とも言うべきスティーブン・キングの
おちゃめな一面がこれでもかと炸裂している愛すべきエッセイですが、
その日本語がもうほんとうに素敵だったのです。
あまりにぴったりで、何度読んでも素敵すぎて、心底うっとりしすぎて、
「このすてきな翻訳者は一体なんという方???」
と表紙を見返したところ、
そこにあったのが池央耿というお名前でした。
そんな池氏は1940年、昭和15年生まれ。
御歳74歳というところでしょうか。人生の大先輩です。
そんな池氏の操る日本語は、
もちろん易しいだけじゃない、教養の試される文章です。
幽邃の森、譏り、慫慂。
ちょっとページをめくっただけでもこれだけ出て来ます。
私は辞書と首っ引き、いやそもそも読めないものがほとんどなので
意味の前に漢字を調べるところからスタートです。
そんな難しい文章は読みづらいなあ。
そう言われる方をいるかもしれません。
しかし私はそんなことはないと胸を張って答えます。
これらは作者がこれまでの人生で自らの血肉としてきた言葉です。
ですのでこれらは選び抜かれた言葉なのです。
なので抜粋すると一見難しく見えますが、
読めば納得、この言葉をつかう理由が分かるというものなのです。
それにこれらは楽譜の音符とおなじで
美しいメロディを奏でる上で、大事な役割をしているのです。
ですので読みづらい事は全くありません。
それに解読できたときの嬉しさったら…。
宝物を掘り出したような楽しさです。
なんて長々と前置きを書きましたけど、
このエッセイでは池氏の生い立ちから、
みんなが興味を持っている翻訳の仕事の話、
そして言葉について思うところを書いてくれています。
この本で私は池氏のとても謙虚で品のいいお人柄に触れ、
文章には人柄が出るという考えを強くしました。
これまで池氏の翻訳書を楽しんでいた人はもちろんのこと、
言葉というものに少しでも興味がある人になら、
強くおすすめする一冊です。
中でも激しく心をゆさぶられた、言葉についてのこの一説。
『味も素っ気もないほど水で割ってまで
下戸に盃を勧めるのは考えものだ。』