おすすめ本 -書評-

  • 15.08.17
    探検家、36歳の憂鬱
    各幡唯介

  • 真夏に風邪をひくという、世にも面白くない事になったとき、
    何を読むかと言えば、旅行記や冒険記を選ぶ人も多いのではないでしょうか。
    少なくとも私はそうです。
    だってせっかくの休みなのにどこにも行けないんだもん。ごほごほ。
    というわけで素敵なタイトルに惹かれたこちら、大当たりでした。
      
    探検家でもありノンフィクション作家でもある、
    角幡唯介さんのエッセイです。
     
    本書の冒頭を読み始めてすぐに「……え?」と
    ものすごい違和感にとらわれました。
    というのも文章を読む限り、50代くらいに思えたのに、
    内容が「コンパ」だの「現在35歳」とあるのです。
    でもどう読んでも35歳の文章じゃない。
    質実剛健マッチョで堅物です、といわんばかりのおじさん文章。
    でも、やっぱりコンパと書いてある。
    そりゃ今時、50のおじさんでコンパに行く人もいるでしょう。
    でも35歳って書いてある。
    なんだかよくわからんな、と思いながら読み進めて行くうちに、
    すぐにそれが狙って書かれたのだろうと分かりました。
    著者はカタい文章を真面目くさって振り回す無粋な人どころか、
    ノンフィクションとフィクションの狭間について繊細な思考をめぐらす
    文学人としての一面をもつ、探検家でもある作家その人なのでした。
      
    冒険家でノンフィクション作家のエッセイ、とくれば
    これまでのこぼれ話や愉快でおかしい話、危ない話が出てくるかと思います。
    で、実際そういう面白い話もあるのですが、
    この本はそれだけでは終わりません。
    他の探検家にインタビューをしたり、
    『冒険』について深く考察した部分が多く、
    どちらかと言えば冒険家の一面よりも、作家性を色濃く出しています。
    特に『行為と表現』の章での、冒険がノンフィクションに向かない理由、
    というのが私にとっては目からウロコでした。
     
    冒険=ノンフィクションに最高、と単純に思っていたのですが、
    どうやらそうではない。
    冒険の大部分は退屈な部分で、ドラマティックな出来事はないというのです。
    なぜかと言うと、ドラマティック=予期せぬ出来事、というのは
    危険な場面が多く、できるだけ事前に排除して予定を組むからだ、
    ということなのです。言われてみると、確かにそうですよね。
    だから物語としては遭難モノが圧倒的に有利になるのです。
    そのために著者はジレンマに陥っているのです。
    冒険がしたい、それをうまく表現したい、でも……。
     
    この圧倒的な矛盾というべき命題を、
    この先著者が作家としてどのように克服していくのか、
    私はものすごい興味を持ちました。
    表現方法はごまんとあるはずです。
    そしてそれは著者もよく分かっているはずです。
    これだけの事を考える人は、かなりの読書をこなしているはずだからです。
    しかし著者はただの作家ではありません。冒険者でもあるので、
    従来の方法ではそう簡単には自分の悩みを克服できないでしょう。
    そんな著者がこれからどんな手法を用いて、
    もしくは開発して進んで行くのか、
    「表現の探検者」としての今後がとても楽しみです。



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