もじりすた
3度のめしより本が好き
読み散らかした中から、おすすめ本を紹介します。
3月のパリということで、
寒いんじゃないかとホッカイロを持参。
しかし1度も使う事無く終了しました。
パリ、思ったよりも暖かかったです。
私が寒さに慣れているせいかもしれませんが、
「寒い!」と思った日は2週間の中で、たった1日しかありませんでした。
着ていった服は裏地のついたトレンチコート、長袖シャツとニット。
足下は普通の革靴に靴下でまったく問題なかったです。
そのたった1日の寒い日はデパートに避難し、
(ギャラリーラファイエットの上にあるフードコートが便利でした)
暖かい日は公園のベンチに腰掛けてひなたぼっこを楽しみました。
しかし周りを見てみると、しっかり冬物コートを着ている人も多かったです。
しかも毛皮を着ている人が多くて、それもびっくり。
でもその横には半袖で歩く人も。
うーん、人それぞれでした。
そういえば3月は旅行のオフ・シーズンのようですね。
おかげでルーブル美術館以外はほとんど待たずに入れました。
このところ、ばたばたしています。
今朝もあわてて出勤して、
あーでもないこーでもないと仕事を一段落させて
ふと我に返って腕を見て驚きました。
なんと、腕時計を2つもつけていた…!
どこをどうすればこんなことになるのか。
今日は早く寝る事にします。
パリは観光名所がいっぱいあるんですね。
凱旋門、シャンゼリゼ通り、エッフェル塔、
ルーブル美術館、オルセー美術館、サントシャベル教会、
ノートルダム大聖堂、プランタン、ラファイエット、
オペラ座、セーヌ川、モンマルトル、ポンピドゥーセンター。
他にもたくさん。
とりあえず、上に挙げたものは見て来ました。
特にオペラ座、もともと行くつもりじゃなかったせいか、
中に入ってものすごい衝撃を受けました。
なんだここ、これはすごい。
絢爛豪華なのはもちろんですが、
それがただ派手なだけではなく、本当に美しいのです。
そしてそれが今も使われている。
確か公演がない時だけ、見学が可能だったと思います。
本当に見てよかったと思いました。
観光は、メトロと自前の足をよく使いました。
おかげでエッフェル塔からサントシャペル教会まで歩くと
疲れて気分が悪くなることが分かりました。
急いで近くのカフェに入り「タルト・タタン」を注文しました。
まあそのタルトのおいしかったこと。
甘酸っぱい熱々のリンゴのタルトに、
濃くて甘い生クリームがたっぷりついて、ああ幸せ。
生き返った事は言うまでもありません。
余談ですが、ノートルダム寺院の裏もかっこいいです。
そして寺院の後ろに小さな公園があるのですが、
こぎれいな公衆トイレ(無料)もついていますよ。
パリの人、とても足が速かったです。
私が遅い、と言われればそれまでですが、
死ぬ気で歩いても後ろから何人も抜かされる。
足が長いというのを差し引いても速すぎです。
そしてパリではよく人がしゃべっていた印象があります。
メトロの中、道ばた、スーパー、カフェ。
友達同士はもちろん、携帯電話、店の人とのやりとりも、
一体何を話しているのか分からないけれど
楽しそうに話し込んでいる光景をよく目にしました。
そして挨拶もよくしました。
ガイドブックに『フランスでは挨拶が基本です』と書かれていて、
まさかそんなに言わないだろう、と思っていたら大間違い。
アパートの入り口で「bonjour!」
カフェの入り口でも「bonjour!」
デパートでも目が合えば「bonjour!」
スーパーのレジでも最初に「bonjour!」
別れ際には必ず「Au revoir!」
何かしてもらったらかならず「Merci!」。
ここは互いに話すことが大事な国なんだ、と思うことしきりでした。
ですのでこちらも慣れないフランス語でできるだけ挨拶しました。
にっこりと笑顔を返された時の嬉しさは格別です。
雑貨屋のお姉さん、はちみつ屋のおじさん、
カフェの姿勢のいいウェイターたち、アパートの老婦人。
モナリザの微笑みよりも、私には思い出に残る笑顔です。
エッフェル塔を見て来ました。
東京タワーを始め、鉄骨の大きな建造物は
とても好きなものの1つですが、
エッフェル塔は群を抜く美しさでした。
色は落ち着いたベージュ色。
てっきり鉄骨らしい灰色だとずーっと思っていたので
これはかなり驚きでした。
運のいいことに、宿は窓からエッフェル塔が見えるところで、
毎日毎日、飽きもせずにながめていました。
今こうして写真で見ても、やはりきれいだと思います。
旅行中、いつもとは違う夢ばかり見ていました。
いつもはストーリーがきちんとある夢、
誰かに追いかけられるとか、懐かしい友人が出て来たりと、
過去の事を反芻するような納得がいく夢を見ていたのですが、
旅行中はがらっと内容が豹変しました。
旅行中の夢は、夢にストーリーがないのです。
とはいえ抽象的なものではなくて、とてもリアル、
昼間に見た聞いた考えた事を頭の中で
再合成しているような感じなのです。
とはいえフランス語が分からない私には、
聞こえる音は全て理解不能。
ですから夢の中も、何かわからないけど
外国語である言葉がひっきりなしに飛び交っているのです。
おかげで目が覚めても、一体自分がどこにいるのか、
時間はいつなのか、そしてこれから何をしようとしているのか、
すぐには分からないほど頭が混乱していました。
正直とても疲れました。
でも不思議と嫌ではありませんでした。
初めての経験を自分の血や肉としているようでした。
しかし帰国して3日目で、夢に日本語が混じり始めました。
なんでも世界レコード大賞で、
日本からは郷ひろみ氏がエントリーするという夢でした。
おもしろすぎます。
旅行に行って来ました。
久しぶりの海外旅行だったので、
うかれてたくさんお土産を買ったらまあ大変。
スーツケースの半分がお土産じゃああーりませんか。
スタートでは18Kg程度だったスーツケースも、
最後には22Kgまで増量していました。
行き先はフランスはパリとモナコ。
出発前に予習しようと本屋へ行くと、
パリのガイドブックはたくさんあったのですが、
なんとモナコのガイドブックは見つからず。
それもそのはず、行って実感したのですが本当に小さな国なんですね。
国内に飛行場はなく、フランスのコート・ダジュール空港(ニース)が
最寄りの空港で、そこから車かヘリコプター(!)で移動します。
ちなみにヨーロッパ在住の友人曰く、
「え?モナコって、フランスの一部でしょ?」
いいなあ、そういう生きた感覚って。
こちとらモナコの場所はおろか、行き方すら知らなかったのですから。
というわけで以後、旅の話が続くかと思います。
気温が−5℃っていうのはちとこたえます。
ハンストしていた猫が、今日も自発的にエサを食べました。
ああああああ、よかった!!!!
飼い猫が長い事ハンストをしていました。
突然、1週間を軽く超えて全く食べなくなってしまい、
ドライフードはおろか、ウェットフードも見向きもせず、
いつもなら走って寄ってくるおやつも鶏肉も食べず、
最終兵器のお刺身までそっぽを向くほどに。
おかげで自慢のぽちゃぽちゃボディが、
みるみるうちにがりがりボディに。
元気はあったんです。
毎日水をよく飲み、ねこじゃらしで遊ぶほどだったんですが、
あまりに心配で獣医さんに連れて行きました。
問診、触診、血液検査、どれも異常なし。
獣医さんもお手上げで、とりあえずと、
食欲増進の作用がある注射と、抗生剤の注射を打って帰宅しました。
しかしそれでも一向に食べようとせず、
あの手この手でなんとかおいしそうなものを作ってあげても
全てスルー。1日だけ、かろうじてお刺身を数切れ食べたのみ。
この時点でハンストから約2週間。
触ると背中の骨がごつごつとすぐに触れるほどに。
もう、これは強制的に食べさせるしかない。
獣医さんからもOKが出ていたので、大きなシリンジに
流動食をつめ、強制的に口に入れました。
まあ嫌がること嫌がること。
フォアグラの鶏もかくや、という地獄絵図でした。
すると強制給餌の翌日の夜、なんと自分から食べ始めました。
いつもの好きなドライフードを少しずつ、
好物の鶏肉をあげるとそれもぺろり。
そしてエンジンがかかったように、残りのドライフードも
時間をかけてもりもり食べ始めました。
ハンストは一体なんだったのか…。
まあまだ予断を許さないのですが、強制給餌以外にやった事として
一緒に便秘対策のオリーブオイルを少し混ぜた事と、
部屋に置いている植物を猫が食べやすい場所に置き直しました。
というのも、もしかして毛玉が腹に溜まっているのでは?と
思ったからなのです。(ここ1ヶ月ほど吐いていなかった)
とはいえ、実際まだ吐いてはいないのでなんとも言えませんが。
しかし食べ始めたときの感動といったら!
クララが立った時を超える感動でした。
明日も猫がよく食べてくれますように。
猫の元気は、私の元気の源であります。